mark

憲法9条牛久の会

これまでの歩み

第五福竜丸展示館見学記

憲法9条牛久の会 下根中学区

 ひたちの東地域では、モデル的に市役所による面的な除染工事が始まるそうです。牛久市内でも北部に残存セシウムが多いのかも知れませんが、私たち市民は原発事故の放射能問題から逃げられないのが現状です。そこで私たちは放射能問題の原点、「反核のシンボル」としての東京・夢の島「第五福竜丸展示館」の見学会を5月30日、総勢11名で行いました。

 下根中学区はここ数年来県内・近都県の戦争・平和遺跡、施設の見学会を年一回程度続けてきました。今回もいわばその延長の活動ですが、東京は大空襲慰霊碑・記念館に次いで二回目でした。夢の島はかつて有名なゴミの島で、東端にはいまも大規模な清掃工場が稼動していますが、大半は公園・スポーツ施設に生まれ変わり、マリーナ地区の一隅にこの展示館はありました(開場:1976.6.16)。

 この施設は船体を丸ごと保存・展示するのが目的で、船底から見上げると巨大な構造物に見えますが、141トンのマグロ漁船ですから特別に大きいわけではないのでしょう。初めに案内係の女性に説明していただき、その後各自館内の展示物を見て回りました。漁船としての船具・無線機、漁具・大漁旗、「死の灰」(当時、測定したもの)、ガイガー検知機、航海日記、亡くなった久保山愛吉さんの船員手帳・手紙類などの実物が、私たちに当時の姿を語りかけてきました。見学用の階段を登り、甲板の高さから船の上部を眺めましたが、高いマストを覆うために、あの特徴的な建物の外観ができているのでしょう。

 第五福竜丸は1954(昭和29)年3月1日の、ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験で被害を受けました。マグロは全部廃棄され、乗組員23名は全員急性放射能症で入院し、無線長だった久保山さんはその年の9月23日に亡くなりました。この出来事は私たちの世代にとっては忘れられない歴史で、日本人が受けた三度目の原水爆被害として社会的な反響にはおおきなものがありました。その衝撃は母親大会の発足‘55.6.7(久保山すずさんの訴え)、原水爆禁止世界大会の開催’55.8.6へと発展しました。

 この第五福竜丸の保存は、朝日新聞「声」欄(‘68.3)に投稿した武藤宏一さん(’82.癌のため死去)の

 「第五福竜丸。もう一度、私たちはこの船の名を告げ合おう。そして忘れかけている私たちのあかしを取りもどそう」

 という訴えから始まりました。そして大きな保存運動が発展したのですが、この経過は個人としての市民の訴えの重要性を、今更のように私たちに提起しているようです。

 展示館は入場無料なので参加者は小額のカンパをしてきましたが、それだけでは支援としていささか心もとない感じでした。やはり展示のやりかたは開場当時のままかどうか判りませんが、実物をただ並べるやりかたで、長期保存の観点からはやはり問題があるでしょう。全体として施設も老朽化しているように思います。私は知りませんでしたが、当時、新藤兼人監督の映画も製作されているようですし、最近では生き残り乗組員の大石さんと大江健三郎さんとのNHK対談がこの甲板上で映像化されています。これらをここで上映するには権利保持の制約もありましょうが、これらの映像資料に限りませんが、この館には今、あちこちで流行の映像コーナーがほしいと痛感しました。この日は私たちの直前に中学生の団体見学があったそうですが、そういう若い世代に、私たちの承知しているこの事故の中味と歴史的意義を伝えるにはそれなりの努力と工夫が必要でしょう。それらの予算措置は今の都政に期待できませんから、あらためて市民レベルの保存・更新運動が求められているのではないでしょうか。

 見学の後、月島に移動して「もんじゃ焼き」昼食で参加者交流をして盛り上がりました。ついで東銀座にまわり、新装・歌舞伎座へ行きました。残念ながら興行休演で観劇は出来ませんでしたが、話題の正面外観を眺め、歌舞伎座ギャラリーの見学をして、無事に牛久に帰りました。

記念写真
(文責・森川辰夫)

「日本国憲法を考える集い」の記録

日時
2013(平成25)年3月16日(土曜日) 14:00~16:00
場所
いばらきコープ牛久店

〇開会挨拶(世話人・黒木喜久子)

 お集まりいただきましてありがとうございました。憲法についての情勢が激動しておりますが、「成年後見制度」(注1)についての判決というニュースがとびこんで参りました。

〇DVD上映「憲法―今と未来の世代のためにー」

(休憩)

〇司会者挨拶(菅原久夫・家所かよ)

 本日は憲法についての話し合いの集まりです。初めに「成年後見制度」について、当事者の発言をお願いします。

〇名児耶清吉さん

 私は改憲論者です。「第一章天皇」は不要だと思います。第十四条に全て国民は門地により差別されない、とありますが、天皇・皇族は門地による存続です。さて安倍内閣はアブナイ閣で、現在は戦前の昭和14,5年ごろの情勢に似ていると思う。ドイツでもワイマール憲法をヒットラーが破った経過があるが、この方法を現政権が踏襲している。

 私は判決関係のTVニュースは見ておりません。3月14日の午後1時半に東京地裁で判決がありました。匠は20歳から27歳まで棄権しないで書いて投票してきました。それが「成年後見制度」によって投票権が剥奪され、投票できなくなりました。私は匠に投票を指示したことはなく、書いた中味も知りませんでした。判決要旨「成年被後見人が総じて選挙権を行使する能力を欠くわけではない。成年被後見人に対して選挙権を付与しないとした公選法11条1項1号は、国民に保障された選挙権に対する『やむを得ない』制限であるということはできず、憲法15条、43条、44条に違反するもので、無効であると言わざるを得ない」。9回にわたる裁判において国側の態度は、裁判長(注2)の質問にも答えない非常に不真面目なもので、それが裁判所の判断の材料になったとおもう。知的障害者が事業所や施設などで障害を受ける事件が県内にもいくつもあり、それらの裁判にも関わってきた経験がある。匠の訴えは基本的人権、憲法の根幹にかかわると思っている。

 戦争の犠牲者は子供、高齢者、障害者、病人ですから、この戦争に反対する運動は広げてほしい。皆さんの支援で勝訴という判決をいただきました。親子3人で投票に行こうと約束しているが、この判決を受けて国側は控訴するだろう。これから先何年かかるかわからない。法務大臣に「控訴しないでください」、総務大臣に「1項1号を削除してください」という二つの訴えをしたいので、ご支援下さい。

(注1) 「成年後見制度」

 認知症、知的障害、精神障害を理由に判断能力が不十分な人を保護・する目的で、明治時代からの禁治産制度に替わり2000年に導入された制度。昨年末時点:約13万6千人該当。

(注2) 東京地裁・定塚誠裁判長

 判決後、匠さんに話しかける。「名児耶さん、どうぞ選挙権を行使して、社会参加してください。堂々と胸を張って、良い人生を送ってください」

〇司会

 それでは出席された方々の発言をおねがいします。

〇山本茂さん

 昨日卒業式が終わったのですが、大学進学をひかえた教え子を二人連れてきました。今見た憲法に関するDVDは、多分2005年制作のものだと思う。登場した三上満さんはかつて東京・文京一中の先生で、私も学生時代の「氷川下セツルメント」の昔のことを思い出した。

 先ほどヒットラーの話がでましたが、1933年に選挙で政権につきました。80年前のことですが、クーデター等でなく合法的に独裁者が登場したことになります。第一次安倍内閣で改定「教育基本法」が成立してしまいました。そして今日、改憲も現実問題となってきました。私は「政治・経済」、「現代社会」、「公民」の担当の教師ですが、この教科の基本は憲法ということになります。しかし生徒にとっては、それも法律のひとつ位の認識で、最高法規という理解、重みがない。三原則といっても入試のために覚えればよい、という程度で魂が入らない。戦後、政府は教育現場に「あたらしい憲法のはなし」を配って、戦前の発想を根本から変えさせようと努めました。その重要な中味は「憲法前文」にみんな入っている。

 今度の自民党改憲案では前文が削除されている。また自民党案では「国防軍」をつくるが、そうなるとそれを教師が守れと教えるとなると、戦地に教え子を送った戦前と同じことになる。また97条の「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練を堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」も削るという。つまり基本的人権を入れないというのも、戦争遂行のためには邪魔になるからでしょう。しかもその人権の項にも国民の「義務」が強調されている。

 いままで憲法は「解釈」で違憲の既成事実をつみあげてきたが、それ自体も良くないことだったが、いよいよ「明文改憲」を目指すようになった。この改憲が強行されたら、その時点で政府は“憲法を守れ”というに違いない。

 コスタリカという戦争放棄の国は軍事費(30%)を教育費にまわしているが、日本で5兆円という予算をつけたら、とても大きなことができる。今改憲を止めさせるため、みんなで何とかしないといけない。

〇名児耶さん

 その関連で「96条問題」が登場しているので、改正しやすくするという政治的意図について討論してもらいたい。

〇司会

 今回は憲法についてまず、多くの方々に発言を求めているので、いわゆる討論は次の機会にお願いしたい。

〇若浦仁美さん

 春から東京外語大フランス語に入学することになりました。自分を広げ世界を知りたいとおもいます。憲法は法律の一つだと理解していました。日本は民主主義国ということでやっているわけですが、先ほどのDVDに“お国のため”という見出しがありました。それって、矛盾していると思いました。民主主義は国民が主体だから、それなのになぜお国のために命を捨てなくてはならないのか。グローバル化した世界において、国のために命をというのはというのは、おかしい。自分が生きる権利はとても大事だと教わっている。色々な意見の持ち主はいるとは思うが、戦争したい、死にたいという人はいないのでは、いても多くはないのではないか。私たちは平和がいい、戦争はダメだということを学んできたし、次世代のこどもたちにも伝えていきたい。これから自分の意思で勉強していきたい。

〇富村由利恵さん

 ICU(国際キリスト教大学)教養に入学します。2年先に専攻は決めたい。勉強不足だがDVDについてコメントします。

  1. 今の政治はアメリカとのつながりが重視されているが、それでもアメリカにいわれて9条をやめるのが、はたして国際協調になるだろうか。
  2. 戦争に駆り出されるのは今の大人ではなく若い人だ。現在の政治判断する世代のことを、これから社会に出て行く世代として考えました。
  3. 祖父がシベリア抑留経験者で、その問題を高校時代に研究しました。祖父たちが活動して政治に働きかけ、2009年に特措法が出来て報償制度の最初の一段階ができた。大きな団体でもなく高齢者主体だったが、運動をすることが大事だと勉強しました。
  4. 若い世代にもっと憲法に関心を持ってもらい、色々な活動に参加してもらい、未来に広がるようにと願います。

〇姫田晶子さん

 9条の会有志で「日本近現代史」の読書会をやっているが、そこで学んだことは、60年安保の時、“憲法を守る”意志の強い国民だったということだ。若い人に、昔大きな戦争があったということが、現代につながっていない。小4の孫はヒーローものが大好きだったが、成長して相手をやっつけるということを知り、「戦争に行きたくない、死にたくない」というようになった。そこで憲法があるから大丈夫だと話したら安心していた。孫世代に憲法を伝えていくことが大事だ。

〇鈴木かずみ(市議)さん

 議会の中で市条例審議の際、憲法が生かされるように努力している。こういう条例はつくってはいけないということを考えることがある。私は選挙にもかかわる総務常任委員会に属しているが、その冒頭に“牛久市民の快挙”として名児耶匠さんの裁判判決について発言した。障害者の生きづらさということが問題になっている時期なので。

私は昭和21年生まれだが、終戦間際に父親が知識人を匿った疑いで治安維持法により投獄された。映画「母べえ」のような経験だと姉たちに聞いて育ってきた。

〇名児耶清吉さん

 若い方の発言があったが、死にたくないと思っていても国民は教育によって変えられる、死地に飛び込むようになるので、気をつけないといけない。昔は「前線」・「銃後」という言葉があったが、あの戦争の後半に空襲、都市への絨毯爆撃が広がり、その区別がなくなってしまった。さらに原爆の経験もある。そして今の戦争はボタンひとつでミサイルが飛んできて全面戦争になってしまう。戦争が核兵器主体になり、そしてつくりすぎてその処理のため原発がつくられるようになった経過、道筋も知っておいてほしい。

〇石毛知子さん

 昔、戦争があったという話がでたが、自衛隊の演習をみたことがある。そこで日本はいつでも戦争ができる状況にあることを実感した。また憲法は戦争放棄だけではなく、基本的人権の規定がある。不正規労働にかかわる労働権の侵害、生活保護削減のような生活権のあり方などについて勉強していきたい。

〇五藤博さん

 私は1936年の生まれだが、その100年前に坂本竜馬が生まれている。自分はどういう時代に生きているのか考える必要がある。

 さて福島原発の事故でいまなお16万の避難民がいる。一昨年の夏、この9条の会で原発問題を話して以来考えてきているが、原子力発電は人間の使える技術ではないということだ。原発の100万キロワットという規模は化石燃料では難しい。だから規模的にみれば有利だが、核燃料の廃棄物処理ができないという本質的な問題がある。だが首相はあくまで「安全」なものは動かすといっている。経団連は世界的にみれば日本の原発は進んだ技術ということで、儲けのために輸出したいといっている。日本では新エネルギーがまだ足りないところで、政府・経済界はなかなかあきらめていない。現在の経済的利益だけを考えている。

〇真田武子さん

 6歳の時、東京大空襲にあい、池上本門寺に避難した。甘いものなし、おいしいものなしで、本当に戦争はいやだ。戦争を知る最後の世代だろう。若い者に仕事がないから、自衛隊に入れれば親も喜ぶ。日本人は何かあっても怒らない。戦争が起こらないようにいわなければ、発言しなければダメだ。年寄りが頑張ろう。

〇石毛良作(事務局)

 時間が短くてすみません。こういう議論をひろげて市民相互の討論の場としたい。福島の状況、TTP推進など、私たち国民の願いと政治の方向が逆になり、平和への道ではなく、戦争への道になっている。国会では憲法改正賛成議員が多数になり、96条改正の研究会が始まっている。私たちは多くの方に訴えて改憲の方向ではなく、憲法を生かし発展させる方向にむかって、ご意見を伺いながらやっていきたい。当面、5月に引き続き集いを開催したいので、どうかよろしく。

〇司会・家所かよ

 微力ではありますが、この会は引き続き活動してまいりますのでよろしくお願いします。これにて閉会とします。

「憲法9条牛久の会」:読書会からの報告 (3)

【3月21日の集いについて】

第24章 21世紀を展望して-歴史の現段階(211~220頁)

  1. ソ連の崩壊と国際社会の激動

    “米ソ軍事対決構造の崩壊“  アメリカが唯一の「超軍事大国」に、新しい相手を探す、その新戦略に乗った日本・橋本首相:「日米安保は一種の公共財」

    “アジアの自立と共同体” しかしアジアはこれとは別の自立の方向に向かう、ASEAN諸国の発展、中国は「世界の工場」になる

  2. 「構造改革」の推進と矛盾の拡がり

    “格差と貧困の社会へ”  現在に続く構造の始まり、貧困化の中で「自己責任」という社会的イデオロギーが蔓延、

    “「構造改革」推進の政治システム” 従来の「政・官・財」の構造が小泉政権で「財」主導に再編、アメリカの規制緩和の要求強まる→経済の一体化

  3. 「世界の中の日米同盟」

    “海外派遣の既成事実化と沖縄のたたかい” 「安保再定義」という方針でPK

    O・周辺事態法など進む、沖縄の抵抗1995年の県民大会:島ぐるみ闘争

    “米軍再編と自衛隊” イラク派兵・「集団的自衛権」問題の現実化

  4. 21世紀の世界と日本

    “世界が変わりつつある” 世界中で「資本主義の限界」が議論されるようになった、中南米の変化がめざましい・チャべス大統領の登場

    “私たちの課題” 第一:過去の侵略戦争の反省、第二:アメリカへの追従から脱し、自主性の回復、第三:「ルールある経済社会」に転換する、最後の文章・「世界の自立と変革をめざす運動と連帯しながら、この課題の解決を目指す私たちの努力が極めて重要になっています」が印象的だった

〇話し合いにでた主な論点

  1. 20世紀は大きな戦争の世紀だったが、21世紀もアフガニスタン・イラク戦争で始まったという不幸を痛感する、歴史は100年単位で勉強してきたが

  2. この章は平成論でもある、これまでこの会は戦前史を十数年単位でそれぞれ各論として勉強してきたが、この本で明治時代から平成までまとめて学んだことになる

  3. 昨今、改めて経営者側から完全な「解雇の自由」が提起されている、その起源が1995年の経団連「日本的経営」にあると知った(コラム219~220頁)、かつての雇用形態「年功序列制」にも明らかな欠陥があったが、しかしこの改革は結局、その年齢にかかわらず、誰にも低賃金への道を開くものだった、近くに新しいスーパーが開店したが、従業員113名のうち正社員は18名だという

  4. 先日、茎崎9条の会の講演会にいった、「総選挙後の政治状況と憲法改正をめぐる動き」、そこでの話の理解にはこの読書会で勉強したことが役立った、そこで「憲法改正は徴兵制をもたらすか」という質問に、志願制を取るのではないかという答えだったことが印象的、講師の講演趣旨は聞いて憲法問題についてただ物知りになるのではなく、この問題について周りの人々に働きかけてほしいということだ

  5. 日米安保体制によるアメリカの利益ということが分からない、利益とはなにか?いやそれは原発問題で明らかではないか、住民の健康被害を無視してウランを採掘し、日本に原子炉を売ってそのウランを使わせるのだ、一つの例だが、ソ連が崩壊してアメリカは戦争相手がなくなり、「ならず者国家」を仕立てて軍事体制を維持している、その力で世界あるいは幾つかの地域で経済支配を継続しているのではないか、アメリカといっても色んな政治・経済・社会などの内容があり、さらには人による受け取り方というか、イメージがあるから、単純な議論はできない、日本の原発事故で「政・官・財・言論界・学者」の五角形・原子力村の存在が国民のまえに明らかになった、この日本の支配体制は原子力分野に限らず日本全体を覆っていると思うが、アメリカについてもその支配体制といってあまり単純化せずに、このような具体的な捉え方が必要ではないか

【所感】

 [終わった ホッ!]。見事最終章まで終わりました。日本史・近現代史の項は、学校では大抵時間が足りなくて授業では飛ばした部分ではないでしょうか?そろそろ目的地が見えてきた老境でこの様な学ぶ機会を得て、とても有意義な時間でした。

 私は何時も、何事につけても思っているのですが、同じ事実でもどういう立場で、どの部分に光をあてて見るかで、評価は大分違ってくるのではないかと。

 特に歴史を学ぶとき、その違いがはっきり出るのではないでしょうか。何しろあの忌まわしい戦争ですら、「聖戦」として国民をだまし総動員した歴史があるのですから。今回学んだ「日本の近現代史を読む」は国民の立場から平和を求める立場から見た、近現代史で読書会は大変楽しみで有意義なひと時でした。こういう機会がなかったら勉強ができなかったと感謝です。

(報告者:「憲法9条 牛久の会」世話人 家所 かよ)

「憲法9条牛久の会」:読書会からの報告 (2)

【2月21日の集いについて】

第23章 激動するアジアと世界(201~210頁)担当:森川辰夫

  1. ベトナム戦争の終結と「ニクソン・ショック」
  2. 「社公合意」と革新統一の分断
  3. 「戦後政治の総決算」と政治状況の変化
  4. 多国籍企業化と日本経済
        コラム・ベトナム戦争の終結  「社公合意」の締結

〇話し合いに出た主な論点

  1. 1970年代前半の革新統一と後半の後退を考えるなら、「社公合意」の前の「共創協定」のことを踏まえる必要がある。

  2. 表・「日本の対米貿易の推移」(207頁)の読み方が良くわからないが、1970~80年の数値の読み方、これは

    1980年代全体の対米依存と大変異なるが、今日の貿易収支の逆転のニュースに接するにつけても

  3. 1985年の「プラザ合意」は、その後今日まで続く日本の「超低金利政策」をもたらし、日本企業の外国進出と多国籍化を進めた契機・圧力になった。その時にはよくわからなかったが、今日の経済の根幹を作ったことになる、もう30年近くこの枠組みが続いている。

  4. 「安保条約を容認し、同時に憲法を肯定する複雑な国民意識」という指摘があるが、この事実をどう理解するか、日本人の政治意識を根本的に考えないと良くない。それは今日の政治状況に対処するにも、現実の方策を検討するにしても大事ではないか。

    日本人は詰めて考えることをしない、徹底的に闘うこともない、歴史的な経過があるのか、戦後の教育なのか等々、さすがに原発事故では考えが変わったと思ったが。

  5. 「新自由主義の登場」とあるが、1979・サッチャー、1981・レーガン、1982・中曽根の政権の政策は、市場経済の徹底だ。そのためには強権による規制緩和が基幹になる。そのため、政策にはもともと反民主主義的な性格が基調にある、それは小泉政権、いまのアベノミクスに共通する、対外的緊張を利用する下地がある。

【所感】

 予定報告者が急病のため前回報告に続いて担当した。

 なぜ中国問題を取り上げないか、との質問があったが、テキストに直接登場しないので報告ではふれなかった。中国が政治的・経済的に日本現代史に関わるのは、この後の時代である。しかし、前回の時にも、終了直前、現代中国問題が話題として出た。やはり今の我々にとっては関心事のひとつだ。そこで今回、現代中国については少し話し合ったが、内容上このメモにはし難い面がある。そこで雑談として抜かせていただく。

 また、20世紀後半の資本主義の理解のために、素人論議で少し歴史的に概観したが、これも本論から脱線することになるのでメモから割愛した。報告者としての心残りはカンボジアの「ポルポト政権問題」のことである。あの悲劇の真相をいつか知りたいという願いで、今回の報告で触れた。後の話し合いには登場しなかった。

(報告者:「憲法9条牛久の会」世話人 森川辰夫 )

「憲法9条牛久の会」:読書会からの報告 (1)

【経過について】

 「牛久の会」では数年前から、月一回の開催で日本の近現代史の勉強を続けてきています。これは世話人会の発議によるもので、適当な文献を選び、読み進めてきました。現在は『日本の近現代史を読む』(新日本出版社刊)の終わりまで来ました。

 この本は教科書の体裁で編集され、高校生程度なら楽に学習できるものです。しかし新しい歴史学の成果も取り入れられ、アジア諸国との関係もよく整理され、今日の視点から見て重要な事柄の歴史的発端を正確に記述し、いわば「今日の市民の歴史的常識、ないしは良識」の構築を目指した冊子です。

 なお、この本の著者グループは現役の学者ですが、全体の監修者は牛久市在住の宮地正人先生(東大名誉教授、元国立歴史民族博物館館長・佐倉市)です。

【本年1月17日の集いについて】 

「第三部・第二次世界大戦後の日本と世界」

第22章日米安保体制と高度成長(191~200頁)担当:森川辰夫

  1. 民族独立の世界的なうねりのなかで

  2. 「55年体制」と新しい国民運動

  3. 日米安保体制下の日本

  4. 高度成長と日本社会の変貌
       コラム・農村社会が急激に変わった  4大公害裁判

〇話し合いに出た主な論点

  1. この時代は読書会参加メンバーの生きてきた時間とそのまま重なる実感

  2. いま、安倍首相が東南アジアに出かけているが、何の用事?ベトナムへは原発を売込みでは?

  3. 60年安保を肯定する論者がいるが?改定の中味の評価にかかわる、そして岸首相の歴史的役割の幾つか、安保の地域共闘組織の経験について

  4. 日本人は「公害裁判」で学んできた、古くは足尾鉱山からだ、司法は独立しているか、公害問題はいまや世界的課題だ、日本人の裁判闘争は国際的な先駆例になっているのではないか、お隣の中国では大変では?

  5. 高度成長で生活がいわば洋風に激変したのは事実だ、それと公害の話は裏表のかんけいにある

  6. この時代を「企業社会と人権社会との複合的性格」と規定したことは、意味が深いと思った、日本国憲法の定着という規定との関係で昨年末「ベアテ・シロタ・ゴードンさん」が亡くなり、新年の新聞記事を読んでとても印象的だった

  7. この時代を切り開いた人物として、中国の周恩来首相が始めに登場するが、いまの中国人はどういう評価なのだろうか、日中関係の現状をみると気になるが

【所感】

 2013年という現代に1950・60年代を考えた。あまりにも時間が経過しているので、生きてきた時代とはいえ歴史事実の前後関係が分からなくなることもあるが、今日の社会・政治問題の発端はほとんどこの時代にあることが良くわかった。アジア、特に中国との関係、アメリカとの関係、特に安保条約の評価、企業社会の成立と今日での崩壊、憲法と人権の定着の姿と今日の危機など。報告を担当して良かった。

(報告者:「憲法9条牛久の会」世話人 森川辰夫)