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憲法9条牛久の会

999人の想い

3人目:憲法9条に基づく平和外交こそが最大の抑止力

 「国民のいのちとくらしを守る」と繰り返した安倍首相。そして、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更を検討すると宣言した。これが戦争にならないように「抑止力を高める」と述べた。「抑止力」というとすぐに思い起こされるのが〝核抑止力〟。彼の言う「抑止力」の先にあるものはまさに核武装の日本ではないか。弾道ミサイルや爆撃機など、他国への攻撃兵器を持たない自衛隊、これを他国への攻撃兵器を持つようにし、戦争をする国へと変えようとする一歩が集団的自衛権行使容認であろう。

 憲法9条は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」(憲法9条第1項)「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」憲法9条第2項)と定めている。安倍首相は、嘘とごまかしいっぱいの言説で「平和のため」といいつつ、この世界に類を見ない憲法9条の崇高な精神を亡き者にしようとしている。

 真に日本の国民のいのちとくらしを守るなら、憲法前文にある「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」(憲法前文)という国づくりをすべきであろう。そうしてこそ、第2次世界大戦で日本に侵略されたアジア諸国をはじめ、世界の国々の信頼と尊崇を受けることになるだろう。そのような国を武力攻撃する国が現れるだろうか。

 武力による「抑止力」でなく、憲法、とりわけ9条に基づく平和外交こそが最大の抑止力となるのではないか。

憲法の精神を政治の神髄とした国をつくる事こそが国民の生命・財産を守ることになり、国民の生活を守り、国民こそ主人公の政治の実現になるだろう。

(田宮町 北島/60代 男性)

2人目:戦争のない安全で平和な暮らしを

憲法が改悪され「戦争をする国」になるなることは許せません。今、命が粗末にされていることがあちこちに起きています。命を守り援助していく医療従事者、看護師として、命の尊さが軽んじられて来ている事が残念に思います。 平和な社会を維持して守って行く事が、平和な未来を築く確かな保障です。 憲法9条があってこそ、戦争のない安心で安全な暮らしが守れます。そのために、皆さんと共に手を携えて頑張って行きたいと思います。 (さくら台 T/女性・看護師)

1人目:気がつけば君がいた

私は70代、結婚し子どもを育て小さな土地に小さな家を建て、そこに小さな幸せを見つけて今日まで生きてきた。 今の品川区に生まれた私は5歳の頃、空襲でピンク色に染まった夜、燃える布団を頭にかぶり逃げて行く人々を、また、ヒュル、ヒュルと音を立てながら落ちてくる焼夷弾のことを忘れない。 私より10歳上の従兄は3月10日の東京大空襲の後、リヤカーに家財道具を積んで郷里の長野県に疎開した。 私の養父は終戦の翌年、疎開先の長野の家の玄関先に立った。その時の養父の、鼻をつまんで泣いていた姿を、私は忘れることはできない。今、高齢者となった私や成人となった息子たちが軍隊に行くこともなく、また、約70年の長い間戦争で誰一人殺すこともない私たちの国、気がつけば君「憲法9条」がいた。私たちは君の大切さに気がつくのが遅すぎました。 「徴兵は、命かけても阻むべし母、祖母、おみな牢に満とも」。 私は、この石井百代さんの歌を胸に刻んで、「憲法9条」を無傷で子や孫の世代にわたさなければ、と想いを新たにしています。 (小坂 K/70代男性)